東京高等裁判所 昭和55年(行ケ)374号 判決
一 請求の原因1ないし3の事実は、当事者間に争いがない。
二 そこで、審決を取消すべき事由の存否について判断する。
原告らが、取消事由とするところは、審決が本願発明と第二引用例の流動形態を同視したうえ、第二引用例の流動方式を第一引用例の方法に適用して本願発明とすることが容易であるとした点の誤りを主張するものである。
1 成立について争いのない甲第二号証、第四号証、第七号証(本願明細書)によれば、本願発明は固体吸着剤でもつてガスから弗化水素を分離するいわゆる乾式法による弗化水素の分離方法において、「弗化水素を含有するガスを流動化ガスとして流動床反応装置へ装入し、この際、ガスがそこに装入されている固形物(吸着剤)とともに膨張拡大された流動床を形成し、かつこの流動床の固形物濃度が下方から上方にかけて低くなり、更にまた固形物が主として上方から排出される速度にて、前記ガスの前記装入を行うように構成すれば、ガス流量が大きい場合にも非常に優れた吸着効果が得られる」という発見(八頁二行ないし一〇行)に基づき特許請求の範囲のとおり固体吸着剤の粒度、原料ガスの速度及び固体吸着剤の循環量を所定の値に選定し、しかも「流動床中での固体濃度が上方に向うに従つて減少しかつ吸着された弗化水素を含有する前記固体吸着剤が前記ガス速度のために流動床からその上方において排出されるような膨張した流動床」としたこと、また右の如くして形成された本願発明における流動床は、第一引用例(成立に争いのない甲第九号証―米国特許第三五〇三一八四号明細書)にみられる一定の界面をもつ均一分散状態である通常の流動床とは異なつた特異な流動床であり、本願発明はこのような特異な流動方式を弗化水素の分離方法に採用し、固体吸着剤を前記のような膨張拡大した流動床に循環させることによつて、従来例の一つである第一引用例の処理方法のもつ欠点もしくは問題点(第一引用例の装置にあつては、密度の大きい流動床を保持し、かつ多量の固形物をフイルタに給送する必要から非常に低いガス速度が適用され、装置の単位体積当りのガス量が高くならず、ガスの経済的な浄化方法とはなりえないうえに、フイルタの清浄化の必要もあつてフイルタのバツクの摩耗、破裂等の面倒な問題が生じていた。)を解決したところに特徴があること、などが認められる。したがつて、審決が本願発明と第一引用例記載の発明との相違点として、「第一引用例記載の発明では、ガスの速度が濃流動状態を保つように設定され、流動床の深さが二インチないし一二インチである点」(相違点(2))及び「第一引用例記載の発明ではアルミナの循環については何も示されていない点」(相違点(3))を指摘したことには誤りはなく、原告らも特に争わないところである。
2 成立について争いのない甲第一〇号証(昭四〇―二四九六三号特許公報)によれば、第二引用例は、「気体流速を増大させて粒子をこれと共に流す過程で吸着を行う方式」(二頁左欄二行ないし三行)による「気体中の含有物質を連続的に吸着、分離する方法」に係る特許明細書であつて、そこに記載された発明は、多数直列(実施例では三段直列)に配置された吸着塔を使用し、反応させるべき気体流が吸着剤を吹き上げながら、ともに、反応塔を上昇し、この間で吸着を進行させるものであり、実施例においては、吸着剤として活性炭を60g/m3の割合でもつて約五・二m/sec(直径八二〇mmの空塔に一〇、〇〇〇m3/hの割合でベンゾール含有の空気を通す。)の処理ガス中に添加していることが認められる。一方、本願発明は前記のとおり「アルミナ及び/又はアルミン酸ナトリウムを弗化水素のための固体吸着剤として」使用し、「弗化水素を含有するガスを流動化ガスとして一~五m/secの速度でもつて装入し」、「流動床中での固体濃度が上方に向うに従つて減少しかつ吸着された弗化水素を含有する前記固体吸着剤が前記ガス速度のために流動床からその上方において排出されるような膨張した流動床」を形成するものであり、これを実施例についてみると、アルミナを用いた実施例一における反応塔中の固体濃度は平均九五kg/m3であり、アルミン酸ナトリウムを用いた実施例二における反応塔中の平均固体濃度は一五~一六kg/m3である(前掲甲第二号証一五頁ないし一八頁)ことからみても、反応塔中には、第二引用例の吸着塔中の吸着剤使用割合に比して著しく多量の吸着剤が流動していることが明らかである。本願発明においては、反応塔中に右の如く相当多量の固体吸着剤を流動させることによつて、特許請求の範囲の記載のような態様の膨張した流動床が形成されるものと解される。これに対し、第二引用例の装置における前記認定の如き活性炭の使用割合や一般に知られている粉末活性炭の密度などを勘案すると、第二引用例の反応塔内においては、本願発明における前記のような膨張した流動状態ではなく、むしろいわゆる気流輸送相(成立に争いのない乙第一号証の二図一・三C)参照)が形成されているものと推認するのが相当である。そうすると、本願発明における流動床は、第二引用例のものとは明らかにその流動態様を異にするものといわなければならない。したがつて、本願発明と第二引用例における流動床とが本質的に異なるものではないとする被告の主張は失当である。なお、審決は、本願発明の流動床における流動方式が第二引用例に示されていることを前提として、この第二引用例に開示された流動方式を弗化水素含有ガスをアルミナ微粒子の流動床で吸着処理する方法に適用することは当業者が適宜なしうるものであると判断しているが、審決は、第二引用例における流動方式を、本願発明の前叙のとおりの膨張した流動床のそれと同一視した点ですでに誤りであるといわざるをえない。
前掲甲第一〇号証によれば、第二引用例の記載全体を通して検討してみても、第二引用例には本願発明の前叙の如き特異な流動床について示唆するところは見出すことができず、また、審決のあげる相違点(3)についても、第二引用例には吸着剤の一部を同じ反応塔に戻すことによつてガス中の吸着剤含有量を高めることは反応塔の容積当りの増大する点で有効である旨述べられているが、これはあくまで第二引用例の流動方式の場合についての記述であると認められる。右のとおり、本願発明においては、吸着剤全体の循環量が流動床にある吸着剤の重量の五~一〇〇倍(一時間当り)とした要件は、前叙の特異な流動床の流動形態と相俟つて本願発明を構成するものであるが、第二引用例には、そのいずれの構成要件(審決のあげる相違点(2)(3))についても、これを示唆するところがない以上、たとえ、前掲乙第一号証の一ないし三及び成立に争いのない乙第二号証の一ないし三に示されるように、本願発明で採択されているような流動形態を含む各種の流動方式が本願出願前周知であつたとしても、第一引用例の処理方法のもつ欠点もしくは問題点を解決するという目的を達成するために本願発明のような構成とすることがただちに容易であつたとすることはできない。
3 以上のとおりであるから、本願発明の流動床を第二引用例の流動方式のものと異ならないとみたうえ、これを第一引用例の方法に適用することが当業者において適宜なしうることとし、この前提に立ち、本願発明を第一引用例及び第二引用例記載の発明に基づいて当業者が容易に発明することができたものとした審決の判断は明らかに誤りである。
したがつて審決は、原告ら主張のとおり違法として取消を免れない。
三 よつて、審決の違法を理由にその取消を求める原告らの本訴請求を正当として認容することとする。
〔編註その一〕 本願発明に関する事項は左のとおりである。
1 特許庁における手続の経緯
原告らは、昭和四六年一〇月三〇日、一九七〇年(昭和四五年)一一月一四日にドイツ連邦共和国にした特許出願に基づく優先権を主張して、名称を「弗化水素の分離方法」とする発明(以下「本願発明」という。)について特許出願(昭和四六年特許願第八六六八三号)したが、昭和五二年九月一四日拒絶査定を受けた。そこで、原告らは、昭和五三年一月三一日、審判を請求(昭和五三年審判第一六一二号)すると共に、同日付の手続補正書によつて特許請求の範囲を補正したが、昭和五五年九月二日、「本件審判の請求は成り立たない。」との審決があり、その謄本は同月一三日原告らに送達された。
なお、原告らのため出訴期間として三か月が付加された。
2 本願発明の要旨
「弗化水素を含有するガスから弗化水素を分離するようにした弗化水素の分離方法において、粒度二〇~三〇〇μのアルミナ及び/又はアルミン酸ナトリウムを弗化水素のための固体吸着剤として含有する流動床反応装置へ、弗化水素を含有する前記ガスを流動化ガスとして一~五m/secの速度でもつて装入し、流動床中での固体濃度が上方に向うに従つて減少しかつ吸着された弗化水素を含有する前記固体吸着剤が前記ガス速度のために流動床からその上方において排出されるような膨張した流動床を、前記ガスによつて前記固体吸着剤に形成させ、流動床から排出された前記固体吸着剤を前記ガスから分離し、固体吸着剤の一時間当りの循環量が流動床に存在する固体吸着剤の重量の五~一〇〇倍となる割合でもつて、前記固体吸着剤を前記膨張した流動床に循環させるようにした弗化水素の分離方法。」(別紙図面(一)参照)
〔編註その二〕 本件に関する図面は左のとおりである。
図面(一)
<省略>
図面(二)
<省略>
図面(三)
<省略>